京都地方裁判所 昭和42年(ワ)97号 判決 1968年5月31日
原告
樋口ヤヱ
ほか二名
被告
京都市
ほか一名
主文
被告らは、各自、原告ヤヱに対し、金一五〇、〇〇〇円、原告敢に対し金九三二、九四七円、原告節子に対し、金七〇一、四七九円およびそれぞれに対する昭和四二年二月一八日いこう完済までの年五分の金銭を支払わなければならない。
原告らの被告らに対する残余の請求は棄却する。
原告らに訴訟費用の一〇分の七を負担させ、被告らにそれの一〇分の三を負担させる。
原告らは、被告らに対し、勝訴の部分をかぎり仮執行することができる。
理由
申立
(一) 原告らは、「被告らは、各自、原告ヤヱに対し金五〇〇、〇〇〇円、原告敢に対し金三、五四七、一七三円、原告節子に対し金二、七七五、六一五円およびそれぞれに対する昭和四二年二月一八日いこう完済までの年五分の金銭を支払わなければならない。被告らに訴訟費用を負担させる。」との判決を求めたほか、仮執行の宣言をも求めた。
(二) 被告らは、(一)に対し、「原告らの請求を棄却する。原告らに訴訟費用を負担させる。」との判決を求めた。
主張
原告らは、要約して、
(三) 原告ヤヱの子で、原告敢、節子の母にあたる樋口銀子は、昭和四一年一月六日、京都市下京区西条通西洞院西入傘鉾町五四番地先を東西に通じ総幅員二一・八〇メートルの中央四・四〇メートルを同市営路面電車の軌道敷とする四条通の同上地先に設けられた東行電車停留所の安全地帯上から南方に歩いて横断しようとし、軌道敷内へおりたとたん、被告市の従業員である被告清が西方から大型乗合自動車(ワンマンバス)を運転し軌道敷上を東進してくるなり、樋口銀子にそれの左前部を接触させて転倒させ、頭部外傷三、四型左側頭後頭骨頭蓋底骨折左耳鼻出血左後頭部皮下血腫の傷害を負わせたけつか、即日、京都四条外科病院で死亡するにいたらせた。
(四) 原告らは、かくて、本件の事故のため、
(Ⅰ) 樋口銀子が下記のような損害、すなわち、
(い) 金二、五五一、二三〇円、ただし、同女が事故時に満五六才ながら、達者で、日本火災海上保険株式会社京都支店に昭和四一年四月末日までを期限とする特別嘱託としてつとめ、一年当り金四七〇、五四〇円の給与および賞与をうけているうち死亡させられたけれども、それさえなければ、前記の期限後はさつそく同会社のいずれかの既設代理店に外交係員として雇われるか、又は二ケ月の修習課程を経て「普通級」の資格をとり、自ら同会社の新規代理店を開業するかして、一月当り金三〇、〇〇〇円の収入をあげるかたわら、自宅で茶道(裏千家流)の教授所を開設し少くとも弟子三〇人から一月当り金一、〇〇〇円づつの伝授料を得ることで、従前におとらない所得をあげるよう準備していたし、統計上からすれば、同女がなお八、九年間を就労できたものとすべきであるゆえ、全期間に得られるはずであつた総収入のうち生活費に一年当り金一二〇、〇〇〇円づつを振当て、純収入の積算額から一年ごとに年五分の利息金を差引いた現価額を失つたもの、
(ろ) 金一、〇〇〇、〇〇〇円、ただし、同女が事故前の二一年あまりを夫の樋口孝義が緑内障のため日本火災海上保険株式会社京都支店から退職したあとに入社していらいつとめつづけ、原告ヤヱの一人娘として夫との間にもうけた原告敢、節子をふくむ一家五人(原告節子が四年前に木下卓と結婚してからは四人となるが。)の生計を維持し、六年前には夫と死別しながらも、原告らとようやく老後を幸福に送れるような段取となつたやさき、本件の事故で落命させられ、精神的な苦痛をうけたことの慰藉料として支払われるのを相当とするもの、
という損害をこうむらされたことの賠償を求める権利を原告敢、節子において二分の一づつ相続し、
(Ⅱ) 原告ら自身で、下記のとおりの損害、すなわち、
(は) 金二、五〇〇、〇〇〇円、ただし、原告ヤヱが事故時に満七七才で、樋口銀子から余生の孝養をうけられることの期待されていたさなかであるとともに、原告敢、節子が満三三才満三六才で樋口銀子に同様の孝養をつくせる時期をひかえながら、本件の事故のため同女の一命を奪われてしまい、それぞれ精神的な打撃をうけたことの慰藉料として、原告ヤヱの分に金五〇〇、〇〇〇円、原告敢、節子の分に金一、〇〇〇、〇〇〇円づつが支払われるのを相当とするもの、
(に) 金一七一、五五八円、ただし、原告敢が前記の身分にもとずき、樋口銀子の葬儀費として、被告市のがわで金七三、二〇〇円を出捐した以外に支弁したもの、
(ほ) 金六〇〇、〇〇〇円、ただし、原告敢が上記の四口の損害に関し、自己および原告ヤヱ、節子のため、賠償を求める訴訟を大阪弁護士会所属の弁護士安若俊二に委任し、同弁護士会の報酬規定にしたがい、着手料として金一〇〇、〇〇〇円を支払つたほか、報酬金として取得額の一割以内を限度に金五〇〇、〇〇〇円を支払うことを契約するの余儀なくされたもの、
という損害をうけ、以上の五口を各人別に合算すれば、原告ヤヱの分で金五〇〇、〇〇〇円、原告敢の分で金三、五七四、一七三円、原告節子の分で金二、七七五、六一五円の賠償を求められることとなつた。
(五) 原告らが、ところで、問題としている本件の事故のおこつたのは、被告市のがわで、当時、公共企業体として、前記の大型乗合自動車を所有し、旅客の運送業をおこなうため運行の用に供していたおりから、被告清が同自動車を交通法規の禁止する軌道敷内に乗入れたうえ、針路の前方および側方の安全なことを確認しないまま走行したという過失をおかしたけつかにほかならないゆえ、被告市においては、問題の自動車の保有者(自動車損害賠償保障法第三条)か、そうでなければ被告清の使用者(民法第七一五条)として、本件の事故から生じた人的な損害を賠償しなければならないと同時に、被告清においては加害者(民法第七〇九条)として同様の賠償をしなければならない義務があるものとすべきである。
(六) 原告らは、そこで、被告らを相手どり、各自、原告ヤヱに対し金五〇〇、〇〇〇円、原告敢に対し金三、五四七、一七三円、原告節子に対し金二、七七五、六一五円およびそれぞれに対する訴状がとどいた次日の昭和四二年二月一八日いこう完済まで遅延による年五分の損害金の支払を求めるわけである。
被告らは、要約して、
(七) 原告らの(三)で主張する事実は、下記のように補充したうえ、すべて認める。
原告らは、本件の事故の生じた場所が主張のような四条通と西洞院通との交差点から西方に二八・八〇メートルしか離れていなく、同交差点に交通信号機および幅員四・七〇メートルの西詰の横断路が設置せられていることまで主張しないゆえ、被告らからそれを補充しておかなければならない。
(八) 原告らの(四)で主張する事実は、
(Ⅰ)のとおり樋口銀子が損害をうけたことに関し、
(い)のうち、同女が事故時に主張のような年令および身体で主張のとおり日本火災海上保険株式会社京都支店につとめ主張のような給与および賞与をうけていたこと、同女がなお主張のような期間を就労できたものとすべきであることは認めるけれども、それ以外の部分は争う。(同女がいうとおり上記の会社支店を退職したいごの総収入は従前よりも減少すべきであるし、生活費は退職の前後を通じ総収入の二分の一とすべきである。)
(ろ)のうち、同女が主張のような事由にもとずき慰藉料の支払を求めることは相当として認めるけれども、それの数額は争う。
(Ⅱ)のとおり、原告ら自身が損害をこうむつたことに関し、
(は)のうち、原告らが前号と類似する事由から慰藉料の支払を求めることは、これまた相当としてよいけれども、それの数額は争う。
(に)のうち、原告敢が主張のように葬儀費を支弁したことは争い、もし主張のとおり支弁したとしても、被告市から同名目のもとに出捐した数額を差引いた残余だけをいうとおりの損害とすべきである。(同原告は、しかも、慣例にしたがい、葬儀費をこえる香典を収授しながら、計算にいれないのは不当というべきである。)
(ほ)のうち、原告敢が主張のとおり弁護士に訴訟を委任したことは認めるけれども、着手料および報酬金の数額は争う。
(九) 原告らの(五)で主張する事実は、それのうち、被告清にいうとおりの過失があつたとする以外は認めるけれども、さように除外した部分は全く認めるわけにいかないものである。そもそも、本件の事故がおきたのは、被告清のがわで、主張のような大型乗合自動車を運転しながら、前述の交差点を右折し南進しようとしたところ、対向の交通信号が赤色で安全地帯の北側車道には東行車両が停止していたため、便宜上軌道内に乗入れているうち、樋口銀子が左前方一〇・〇〇メートルほどの安全地帯上から右方にむかい東西の交通信号が青色にかわつたのを介意しないばかりか、西方から接近する各種車両の有無も確認することなく、横断路の手前の軌道敷内に入ろうとするのを認め、とつさに警笛をならして急制動をかけ把手を右方にきる措置をとつたが、主張のように両者の接触をさけることができなかつたといういきさつによるもので、なるほど、同被告が前示のとおり大型乗合自動車を運転し軌道敷内を通行することは交通法規で禁止せられていたとはいえ、他面、もつぱら人を運搬する普通自動車には京都府公安委員会からそれの解除せられていたことに徴すれば、問題の事故は軌道敷内を通行することの禁止せられた車種であつたといなとにかかわりなくおこつたであろうと推測せられるから、さような禁止と事故との間に必然の因果の関係はないものというべきであるし、又同被告が上記のとおり問題の自動車で軌道敷内を走行するにさいしては、対面の交通信号が青色を示しているかぎり、安全地帯上の人が交通法規に違背し横断路でない軌道敷内に入つてくるようなことはないものと信頼して走行すれば十分で、何時それとことなる行動にでるかもしれないことを予測し対応する措置を講じながら進行しなければならないものと義務づけることはできなく、いずれからするも、過失の責任をとわれるべきではないものとすべきである。
仮に、被告らのかわで主張のような損害の賠償をしなければならないとすれば、樋口銀子のがわにも前示のとおり三点の過失があるものゆえ、賠償の数額を算定するにさいしては、同上の過失をしんしやくされるべきである。
(一〇) 原告らの(六)で請求する金銭は、さすれば、失当なものというべきである。
原告らは、さらに、
(一一) 被告らの(六)で抗争する事実は、すべて認めることのできないものである。
と主張した。
証拠 〔略〕
判定
(一四) 原告らの(三)で主張する事実はどうか。
被告らは、それを認めて争わないばかりか、〔証拠略〕を総合するとき(甲号証の成立は争がない。)本件の事故が生じた場所は被告らの指摘するような現況であつたことを、うべなうに十分である。
(一五) 原告らの(四)で主張する事実はどうか。
被告らがそれのうち自ら認める部分に、〔証拠略〕を総合するとき、(甲第四号証第七号証の成立は争がなく、残余の甲号証の成立は原告敢本人の供述から確めることができる。)
(Ⅰ)のとおり樋口銀子が損害をうけたことに関し、
(い) 金二、五五一、二三〇円のうち、金一、六七六、五三二円は、同女が主張のごとく当然に得られるはずであつた総収入の現価額を失つたものと認められるけれども、(同女は事故時に日本火災海上保険株式会社京都支店から一年当り金四七〇、五四〇円の給与および賞与をうけていたことが双方の間に争われないゆえ、昭和四一年四月末日にそこを退職するまで一月当り金三九、二一一円の収入をえられたはずであること、ついで同会社支店を退職してからは主張のとおり二ケ月の修習課程を経て「普通級」の資格をとり昭和四一年七月一日いこうは自ら同会社の新規代理店を開業し、いごなお八、六年間を就労できたものと認めるべきであるが、収入額に関する原告らの証拠はもつぱら推測にすぎなくにわかに措信できないため、昭和四〇年度労働省賃金センサスのうち全国性別年令平均賃金表の保険業に関する分にしたがい同上の収入額を一年当り金二〇八、八〇〇円と認めるのを穏当とすること、又同女の生活費の数額はそれについての資料をかくけれども、原告敢、節子本人の供述をぎんみしてみれば、当人は前記の会社支店を退職すると前後して茶道の教授所をも開設することができたはずであるとともに、それの収入額は同居者の身分年令および職業からしても生活費をこえ幾分の余裕を残すものであつたと見込まれることの諸点を通観しながら、計算上の便宜のため、事故日の次日いこう昭和四一年四月末日までの純収入を少くとも金一五六、八四四円、同年七月一日いこう八、六年間の純収入を同じく一年当り金二〇八、八〇〇円の積算額から一年毎に年五分の利息金の差引かれた現価額の金一、五一九、六八八円としたものである。)これをこえる数額を認めることはとうていできなく、
(ろ) 金一、〇〇〇、〇〇〇円は、同女が主張のような慰藉料として支払を求めるに通念上相当な数額とすべく、
さすれば、原告敢、節子においては主張のとおり、これら二口の賠償を求める権利の二分の一づつを相続したものと断じてよいし、
(Ⅱ)のとおり原告ら自身が損害をこうむつたことに関し、
(は) 金二、五〇〇、〇〇〇円は、原告ヤヱが五分の一、原告敢、節子が五分の二づつに内分し、それぞれ、主張のような、慰藉料として支払を求めるものであつてみれば、これまた、通念上相当な数額とすべく、
(に) 金一七一、五五八円は、原告敢が主張のような葬儀費として支弁したことが認められ(被告らは、同上の数額を争つたり、香典として収受せられた金銭を計算に組入れるべきもののようにいうけれども、前半は資料上認める余地がなく、後半は条理上さように解すべきものでないから、いずれの言分もとりあげることができない。)
(ほ) 金六〇〇、〇〇〇円は、原告敢が六分の一を主張のような着手料とし六分の五を上記の四口の取得額の一割以内にあたる報酬金として支払い又は支払わなければならない義務を負うたもので、本件の事故と相当な因果の関係がある損害と断じてはばからなく、
結局、原告らにおいては、さような五口を各人別に合算し原告ヤヱの分で金五〇〇、〇〇〇円、原告敢の分で金三、一〇九、八二四円、原告節子の分で金二、三三八、二六六円の賠償を求めることができるものとすべきである。
(一六) 原告らの(五)で主張する事実はどうか。
被告らは、それのうち被告清のがわに主張のような過失があつたとする以外を認めるものであるゆえ、被告市においては問題の大型乗合自動車の保有者として免責をうける事由の証明せられないかぎり、本件の事故から生じた損害を賠償しなければならない義務を負うこともちろんとすべきところ、原告らが主張する被告清の過失のうち、同人が上記の自動車で軌道敷内を通行したという事実については、それを禁止する交通法規の律意からみるも、刑事上の処罰をくわえられるべきさような行為をしたことが直ちに民事上の賠償をしなければならない過失と評価せられるべきではなく、又同人が前方および側方の安全を確認しないで走行したとの事実については、証拠がないから認めることができないものの、〔証拠略〕に徴するとき(これらの成立に争はない。)本件の事故が生じたのは、同被告のがわで、問題の自動車を運転し前認のような安全地帯の内側を通行することとて、場所がら不測の事態のおこりやすいことに想到し、何時でも二・〇〇ないし二・五〇メートルの距離で停車することのできるよう速度を調整しながら徐行しなければならなかつたにかかわらず、うかつにも、別条あるまいとし、急制動をかけてから三・三三メートル以上も進んで停車するような速度のままで運転をつづけ、徐行をしなかつたという過失によるものであることが知られるから、被告市においてはもはや前記の免責をうけるによしがないものとすべきであると同時に、被告清のがわでは上示のような過失をおかしているいじよう、加害者として同様の賠償をしなければならない義務があるものと断ずべきである。
被告らは、(九)のとおり、被告清が問題の自動車で軌道敷内を通行するさい、対面の交通信号が青色であつたから、安全地帯上の樋口銀子が交通法規にそむき自己の針路に入つてくることはないものと信頼して走行すれば十分で万一の事故に対応する措置を講じておく義務はなかつたかのようにいうけれども、同被告のがわでは前述のとおり自ら徐行を怠つたという過失をおかしているがゆえに、信義則からも、さような信頼をろんいすることは許されないものとすべきである。
被告らは、さらに、(九)のとおり樋口銀子のかわにも過失があつたとし、それにもとずき賠償の数額を低減させるべきであると抗争するので、〔証拠略〕をとりあげ検討するとき(これらの成立の争はない。)同女には、当時東西の交通信号が赤色から青色にかわつたのを顧慮することなく、かつ西方から接近する車両の有無を確認しないまま、しかも横断路が眼前にあるのをわたらないで軌道敷内を横ぎろうとしたという重い過失のあつたことが認められるから、それを前認のような原告らの損害の数額にさんしやくすれば、それぞれ、七割づつ、すなわち、原告ヤヱの分で金三五〇、〇〇〇円、原告敢の分で金二、一七六、八七七円、原告節子の分で金一、六三六、七八七円を低額させるのが妥当とせられるのである。
(一七) 原告らの(六)で請求する金銭はどうか。
以上の判示によると、被告らは、各自、原告ヤヱに対し金一五〇、〇〇〇円、原告敢に対し金九三二、九四七円、原告節子に対し金七〇一、四七九円およびそれぞれに対する訴状がとどいたのちの昭和四二年二月一八日いこう完済まで遅延による年五分の損害金の限度でのみ支払をしなければならない義務を負うこと明白とすべきである。
原告らの被告らに対する請求は、そうであれば、同上のような金額の範囲にかぎり正当として認容すべきも、これをこえる部分は失当として棄却すべきものとし、原告らに訴訟費用の一〇分の七を、被告らにそれの一〇分の三を負担させたうえ、原告らに勝訴の部分をかぎり仮執行することを許容したしだいである。
(裁判官 松本正一)